【浅田真央引退】涙の引退会見|質問と応答の全貌

浅田真央、涙の引退会見

連日報道されている日本を代表するフィギュアスケートの浅田真央選手の引退記者会見とその質問について。

引退会見について

2017年4月12日、400人以上の報道陣や関係者が集まる中、浅田真央選手の引退記者会見が行われました。

約1時間程度の会見で、終始笑顔で質問に受け答えする浅田さんでしたが、終わりのあいさつの時には涙を浮かべて言葉を詰まらせながら「スケート人生で経験したことを忘れずに、これから新たな目標を見つけて笑顔で・・・前に進んでいきたいと思っています。・・・皆さん応援どうもありがとうございました。」と締めくくりました。

フィギュアスケートは、演技の時どんなにしんどい時でも、ジャンプを失敗した後でも、笑顔でいなければならないという過酷なスポーツです。

こみ上げる思いを抑えて涙を浮かべながらも最後まで笑顔でやり遂げる、さすが日本を代表するフィギュアスケートの選手だと印象でした。

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代表記者の質問と応答

「まずはお疲れさまでした。二日前引退を発表されて、改めて今どんな心境でしょうか。」

「今日、この場に入ってきた時に、ほんとにこれだけの方がいらしてくださってたので、私自身ちょっとびっくりしたんですけど、今は落ち着いています。」

「いろんな人から引退の後に言葉をかけられたと思います。何か印象に残った言葉はありましたか。」

「そうですね、発表してからは本当に沢山の方が連絡をくださったんですけど、みなさん本当にお疲れ様という言葉をかけてくださったので、私自身もあぁ、選手生活を終わるんだなって気持ちになりました。」

「親しい人への報告というのはどのような形でされましたか。」

「そうですね、少し前ですけど家族だったり友達に報告しました。」

「何か印象に残る言葉とかありましたか。」

「みんなお疲れ様って、よく頑張ったねって、言われました。」

「引退を決めたきっかけについて伺います。具体的にどのくらいの時期から引退の事を考えてたのでしょうか。」

「私は復帰してからいい形でスタートできたんですけど、やっぱりそこから練習をするにつれて、試合に出るにつれて、今のスケート界の時代はすごいので、私自身もついていけるのかなという思いが強くなったり、復帰前よりも少しつらいことの方が多くなりました。何とかシーズンは乗り切れたんですけど、シーズン後からは何とか何とか頑張ろうという思いだけでやってきました。でも、やっぱり最後の全日本選手権で、あぁ、もういいんじゃないかなっていう風に思いました。」

「その全日本選手権から今まで3ヵ月近く経ちましたけども、その間はどんな思いだったのですか。迷いも含めていかがですか。」

「そうですね、やはり自分が復帰してからずっと掲げてきた平昌オリンピックに出るという目標があったので、私自身すごくそこで言ってしまったこと、自分が目標をやり遂げなきゃいけないと思ってたので、その自分が言ってしまったこととの葛藤はすごいありました。」

「全日本選手権がきっかけになったということですけども、具体的には、時期的にはいつ頃決心したのでしょうか。」

「全日本終わって結果が全て出た時に、あぁもう終わったんだなという風には思いました。でも日がたつにつれ、自分から言ってしまったことというのは今まで最後までやり通してきたので、やらなきゃいけないんじゃないかなという思いの方が強くて今日まで伸びてしまいました。」

「平昌オリンピックへの思いもあったと思いますが、それを上回るくらいの達成感があったということでしょうか。」

「そうですね、私はソチオリンピックが終わってから最高の形で終われることができたんですけど、やはり自分の体もまだまだできますし、自分の気持ちとしてもまだまだやれるっていう思いがあったので復帰しました。でも実際自分が挑戦してみて、もう気持ちも体も自分の気力も、もう全部出し切ったので、今は挑戦して何も悔いはないです。」

「最後の大会になった全日本選手権でトリプルアクセル飛びましたよね。その全日本選手権の最後、挑んだ気持ちも含めていかがですか。」

「そうですね、最後になるのかなって気持ちはソチオリンピックの世界選手権ほどではなかったですけど、でも最後トリプルアクセルを挑戦して終えれたことは自分らしかったかなという風には思います。」

「それでは現役生活を振り返っていただきます。初めてスケート靴を履いた日のことって覚えてらっしゃいますか。」

「私は覚えてないんですけど、5歳だったので、でもヘルメットをかぶってスキーウェアを着て、ひじ当て膝当てをしてたのは写真に残ってるので覚えてます。」

「どうですか、それから20数年間スケートやってきて一番楽しかったことってどういうことでしたか。」

「うーん、やっぱりちっちゃいころに、フィギュアスケートっていくつも技があると思うんですけど、その技が出来るようになった時っていうのは本当に楽しい気持ちで、じゃあ次2回転飛びたい、3回転飛びたいっていう、そういう思いがすごい楽しかったですね。」

「逆にプレッシャーを背負ってつらかったこともあると思いますけど、つらかった部分というのはどう受け止めてますか。」

「うーん、つらかったことはそんなになくて、やっぱりこの道を選んできたのも自分ですし、自分がやりたいと思って望んでやってきた道なので、つらいと思ったことはありません。」

「2回のオリンピックを振り返っていただきます。まずはバンクーバーオリンピックでは銀メダルを手にしました。まずはバンクーバーの思い出、今振り返っていかがですか。」

「はい、バンクーバーは19歳だったんですけど、すごく10代で若くて本当に気が強くて、本当にその強い気持ちだけで乗り越えてきたという感じがします。」

「そして4年後のソチオリンピックでは素晴らしいフリーで国民に感動を与えてくれました。ソチオリンピックを振り返って今どんな思い出いらっしゃいますか。」

「はい、ソチオリンピックはやはりショートが残念が結果だったので、本当に気持ち的にはすごくつらい試合ではあったんですけど、フリーでああいう形で最高の演技で終えることが出来て、あの気持ちの状態からバンクーバーからソチの4年間の思いを全てその4分間に注ぎ込めたと思っています。」

「2度のオリンピック経験というのは浅田さんにとってどんな経験になりましたか。」

「私の今後の人生においても、すごくいい経験だったりいい思い出だったのかなって思います。」

「そして3回の世界選手権優勝、これは日本人最多です。印象に残っている大会、事ってなにかありますか。」

「2回世界選手権で金メダル取った時はすべてオリンピックの後の世界選手権だったので、オリンピックの悔しさっていうのを世界選手権で晴らせた大会だったのかなっていう風に思うんですけど、私、最後の世界選手権が一応自分の気持ちの中では最後って思って臨んだ試合だったので、今までのスケート人生を全てそのプログラムにぶつけた試合だったので、やっぱり最後の世界選手権が一番思い入れは強い試合でした。」

「現役生活振り返っていただいてどうでしょうか。最も印象に残っている演技、今一つ選べと言われたらどれになりますか。」

「うーん・・・難しいですね。やっぱり一つっていうのは難しくて・・・うーん・・・でもやっぱりソチのフリーかなという風に思います。」

「やっぱりあの時間に込めた思いというのは大きかったですか。」

「そうですねやはり気持ちがすごい今までの試合以上にちょっと落ち込んでたりつらかったりした部分もあったんですけど、まあそれでもあれだけの挽回の演技ができたことに関してすごく。そしてそれがオリンピックだったということが一番よかったのかなという風には思います。」

「長く指導を受けた2人のコーチについて伺いたいと思います。まずは山田コーチにご報告をされたと思いますけど、どんな思いがありますか。」

「はい、まちこ先生は小さいころに指導を受けてたんですけど、本当にスケートの楽しさだったり挑戦する楽しさを教えてくれました。でもその一方でスケートだけではなく、いろんなことを教えてくれた先生です。」

「そして佐藤コーチへの思いはいかがでしょうか。」

「はい、佐藤コーチは大人になってから指導を受けたんですけど、やはり自分の意思もすごく強い方というか強いので、先生と色々話し合いをしたりする機会も多かったんですけど、自分の意見もしっかり聞いてくださって、それを静かに見守ってくれてた先生でした。」

「特に休業があって戻ってきてからの2シーズン間は佐藤コーチとのやりとりも色々あったと思います。振り返ってみてこの2年間の意味、復帰してからの意味というのはご自分の中でどう捉えていますか」

「そうですね、ソチオリンピックのシーズンで世界選手権を終えて自分が選手を終えていたら、本当に今もまだ出来たんじゃないかなっていう風に思っていたと思います。でも自分が望んで復帰をしてチャレンジして出した結果なので、本当に今は何もやり残したことはないので、そういった意味でもう一度自分でチャレンジすることが出来て良かったなっていう風に思ってます。」

「それでは今後のことについて伺います。まずは今後、浅田さんがどんな仕事をしていくのか、注目されると思うのですが、まずは自分の中でどんなプランがありますか。」

「はい、まずもう本当にすぐ、夏にあるのがTHE ICE(ザ・アイス)のアイスショーなので、そこでまた選手生活を終えて初めて皆さんの前で滑るので、いい演技を目指して頑張りたいなという風に思っています。」

「フィギュアスケートにどういう形で携わっていくんだろうと我々は考えるんですけども、そのあたりはいかがですか。」

「やはり私は5歳からスケートを初めて、今までスケートにお世話になりました。なのでこれからどんな形であってもフィギュアスケートに恩返しができるような活動はしていきたいなという風には思っています。」

「具体的なプランはこれからという感じですかね。」

「そうですね、はい。」

「そして日本フィギュア界について伺います。浅田さんに憧れてスケートを始めた選手たちが今トップスケーターになってきました。そういう環境も含めて日本フィギュアスケート界に、今後についてエールをお願いします。」

「はい、えっとそうですね、引退された本当に大先輩の方を初め、私も引退をすることになったんですけども、今まで本当にスケート界を引っ張ってこれたかなという風に思っています。これからはやはり、今若い選手がどんどん出てきていますので、若い選手が若いパワーでフィギュアスケート界を引っ張って言ってほしいなという風に思います。」

「浅田真央さんにとってフィギュアスケート改めて今振り返ってみてどんな存在ですか。」

「存在・・・うーん・・・どんな存在ですかね。いやぁ難しですけど、一言で言うとやはり人生かなという風に思います。」

「今引退を発表をされて、自分を褒めてあげられる部分、褒めたい部分というのはどういうところですか。」

「私結構飽きてしまう事が多いんですけど、なんでもすごくハマってしまったら、すごくそれにハマってしまうんですけど、それがこうすぐに飽きちゃう性格で、でもこのスケートは5歳から26歳まで続けてこれたので、長い間すごいね、続けてきたねって言いたいです。」

「そういった意味ではどういったスケート人生でしたかね。今まで振り返ってみて。」

「やっぱり私のすべてがスケート中心の生活だったので、本当に私の人生です。」

「ファンの皆さんもずっと浅田選手を支えてきたと思います。浅田さんと共に歩んできたファンの皆さんにも一言お願いします。」

「本当にたくさんのファンの方が私のことを応援してくださって、本当に長い間、良い時も悪い時も諦めずに応援してくれてたので、私もすごくそれが励みになりましたし、それがすごくパワーになりました。本当に感謝しています。ありがとうございました。」

「代表質問以上です。」

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日本テレビ

司会者「はい。ありがとうございました。それではこれから皆さんのご質問受けたいと思います。質問のある方は挙手願います。」

「日本テレビの鈴木と申します。現役生活本当にお疲れさまでした。」

「ありがとうございます。」

「少し緊張というか、どうですか。先ほどのどを潤してましたけど。」

「すごいもう熱気も結構すごいですし、沢山しゃべるので喉乾いちゃいました。」

「アスリートなら誰もが迎えるこの引退という日なんですけれども、どうでしょう自分が思い描いていたイメージしていた形と今実際この日を迎えられていかがでしょうか。」

「いやぁ本当に発表するまで、あまりこう自分の中ですごい実感というのはなかったんですけど、またこうして改めてここに座って、今までのことを振り返りながら話していると、少しずつ引退するんだなという気持ちは沸いてきますね。」

「気持ち的には寂しいのか、少しほっとしているのか、あるいは清々しいのか、いかがでしょう。」

「本当に気持ちはすごく晴れやかな気持ちです。」

「これからあまりスケート靴を履かない生活、リンクから離れて少し暖かい生活が待っていますけれどもそのあたりいかがでしょうか。」

「そうですね、私は1月から3月までは、あっ今4月・・・1月から4月まではスケート靴を持たず滑らずにずっといました。でも7月にショーがあるのでもう滑り始めます。」

「最後に一つだけ、今清々しい気持ちというのがありましたけども、何か一つ現役生活でやり残したこと、何か悔やむことというのはありますでしょうか。」

「うーん・・・決断をするにあたって本当に沢山悩みました。でもそういったやり残したことはなんだろうって思う事がなかったので、それだけ本当に自分は全てやりつくしたんじゃないかなっていう風に思います。」

「ありがとうございました。」

「ありがとうございました。」

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テレビ朝日

司会者「はい。他にございませんでしょうか。」

「テレビ朝日の小川と申します。本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございましたとまずはお伝えしたいです。」

「ありがとうございます。」

「今日は白いブラウスに白いジャケットというお召し物ですけども、その真っ白のお洋服というのに込められた思いというのはあるんですか。」

「はいそうですね、黒のスーツか白、どちらにしようか色々悩んだんですけど、でも自分の気持ちとしては本当に晴れやかな気持ちなので、この服を今着ています。」

「その清々しい思いというのが伝わってくるようでもありますけども、これまでの真央さんの競技人生の中で何度も出てきた言葉というのが、ノーミスだったと思うのですが、そこまで完璧、パーフェクトというのにこだわり続けたのはどういう思いがあるのですか。」

「うーん。やっぱり失敗はしたくないですし、これだけ試合に向けて練習して来てるからこそ、やっぱり誰もがミスしたくないと思うと思うんですけど、自分は試合に強いタイプではなかったので、あえて自分で言っていたんじゃないかなという風に思います。」

「それからもう一つ、真央さんと言えばトリプルアクセルだと思うのですが、このトリプルアクセルというのは真央さんにとってどんなものでしたか。」

「はい。私は伊藤みどりさんのようなトリプルアクセルが飛びたいと思ってずっと、その夢を追ってやってきたので、本当に飛べた時はすごく嬉しかったですし、自分の強さでもあったとは思うんですけど、その反面やっぱり悩まされることも多かったです。」

「もう一つだけ、真央さんは5歳の時にスケートを始められましたけども、今もしタイムスリップして5歳時の自分に会う事ができたらどんな言葉をかけますか。」

「うーん。難しいな・・・そうですね・・・頑張ってって。はい。」

「どういう思いを込めてそれは。」

「やっぱり私はこれだけフィギュアスケートをやってて沢山の方に応援してもらえて本当に幸せだなという風に思いました。なので、大変なこともあったんですけど、自分に対してたぶんエールを送ると思います。」

「どうもありがとうございます。」

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朝日新聞

司会者「はい。他にございますでしょうか。」

「朝日新聞の後藤です。どうもお疲れ様です。」

「ありがとうございます。」

「以前浅田選手が子供さんたちと接している様子がすごく印象に残っているのですけれども、浅田選手の経験から日本、世界の子供たちに向かって何かアドバイスというか声をかけられることがあるとしたら、どんなことでしょうか。」

「私はちっちゃい頃から本当にスケートが大好きで、ただただスケートが大好きでやってきました。なので、今から始める子だったり今頑張っている子には、スケートを大好きな気持ちを忘れないでねって言いたいかなという風に思います。 そうですね私は本当に子供が大好きなので、以前にもスケート教室とかはやっていたんですけど、また機会があれば是非やりたいなという風に思っています。」

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NHKニュースセブン

司会者「はい。ありがとうございました。」

「NHKニュースセブンの高井と申します。浅田さんお疲れさまでした。」」

「ありがとうございます。」

「浅田さんに伺いたいのはやっぱりトリプルアクセルのお話なんですけども、先ほど自分の強さでもあり悩まされる存在でもあったという事なんですが、あえてトリプルアクセルに声をかけるとしたらどんな言葉をかけたいですか。」

「難しい、トリプルアクセルに声をかけたい・・・トリプルアクセルに声をかけるんですよね?」

「そういう存在だとして、もう困っちゃったよという存在なのか、それともありがとうという感じなのか、どういう感じでしょう。」

「いやぁ・・・うーん・・・なんでもっと簡単に飛ばせてくれないのって感じです。」

「もう一つ、先ほどですね、よくここまで続けてこられたとご自身に声をかけたいという話がありましたが、続けてこられた支えとなるもんは何だったんでしょうか。」

「一つは自分の目標ですね。それだけではないですけど、沢山の方に支えられて、そして沢山の方の応援があったからだと思っています。」

「一つは応援。他にはありますか。」

「今思いつくのはそんな感じです。」

「ありがとうございます。」

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共同通信

司会者「はい。ありがとうございます。」

「共同通信の吉田と申します。引退前の決断に時間がかかったかと思うんですけど、まず今年の世界選手権の5倫の枠が3から2になることがありましたけど、それをどう受け止めてらっしゃったかというのと、それが何か引退の決断に影響したのかどうか、そこら辺をお伺いできますか。」

「はい。そうですね私は、さっき自分で言ってた平昌オリンピック に出る、その目標をやめてしまう自分が、許せるのかな、許せないのかな、ってずっと思いながら過ごしてきて、でも最終的に最後話し合いをして決めたのが2月だったので、世界選手権が影響したというわけではなくて、自分自身が最後決めることですし、そんな感じで決めました。2枠になってしまったことに関しては、残念なことではあると思うんですけど、その2枠を大勢の、沢山の選手の方たちが争うわけなので、本当にハイレベルな試合になるんじゃないのかなと思っています。」

「2月に決断して4月に発表になった、その2か月間にはどういう思いというか流れがあったのでしょうか。」

「そうですね。色々自分の気持ちの準備だったりもあり今日に至りました。」

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TBS

司会者「はい。よろしいでしょうか。」

「TBSの宇内と申します。本当にたくさんの感動をありがとうございました。」

「ありがとうございます。」

「引退を決意するまでに本当に目標を掲げたのにここで止めていいのかなと悩んでいたとおっしゃっていましたけども、この全日本選手権が終わってからの3ヵ月間、一体どなたがその決断を後押ししてくれたのか、心を軽くしてくれたのか、教えてください。」

「家族だったり、お友達だったり、知ってる方に相談はしました。本当にそれぞれ皆さんいろんなアドバイスはくれたんですけど、最終的に決めたのは自分自身なので。その中でも旅行に行ったり色々今まで行けなかったところに言ったりして、その中でも色々考えながら日々を過ごしてきて決断をしました。」

「最終的にはご自身の中で決断出来たという事なんですね。」

「はい。」

「21年間という非常に長い競技人生、本当に続けてくること自体が大変だったとおもうんですけども、何かどなたかにかけられた一番印象に残っている言葉であったり、ご自身が一番大切にしている言葉、何かありましたら教えてください。」

「この決断をしてからは本当に沢山の方に温かい言葉を、メッセージを送ってくださったので、私自身本当に晴れやかな気持ちで今この場にいます。なのでやっぱり感謝という気持ちはこれからも忘れずに進んでいきたいなという風に思っています。」

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日経新聞

司会者「はい。ありがとうございます。」

「日経新聞の原ですけれども、浅田選手が試合に出始めた21世紀の始め頃じゃないですけども、今こんな多くの人がきてショーも行われて沢山の人がフィギュアという競技に興味を持つようになってきたと思うんですけども、こうやってスケートが日本でブームになって世界でも強い国になったって事に、浅田さんとして自分どういう風に貢献というか力になったのかな思う事と、自分がやってきたことがこれからも日本のスケート界で続くために、どういう風にしていきたいなということを教えてください。」

「私がちっちゃい頃っていうのは伊藤みどり選手を始め、本当にトップの素晴らしいスケーターがいました。私はそのスケーターの方々をみて私もこうなりたいと思って、ずっとそれを目指してやってきました。そしてジュニアだったりシニアに上がってからは、本当にスケーターみんなそれぞれ強くて魅力のある選手ばっかりが集まって、それぞれがいい刺激をし合いながら切磋琢磨して頑張ってきました。そしてそれを応援して下さるメディアの方だったりファンの方だったりいたから、ここまでフィギュアスケートも沢山注目されるスポーツになったんじゃないのかなという風に思います。なのでこれからのスケーターの子たちには、みんなでそれぞれ高め合って刺激をし合いながら頑張っていってほしいなという風に思っています。」

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ニコニコ動画

司会者「よろしいですか。」

「ニコニコ動画の七尾と申します。お疲れさまでした。そしてどうもありがとうございました。」

「ありがとうございます。」

「先週人生において沢山の山があったとおっしゃいました。あの伝説のソチ大会についてお伺いしたいんですけれども、ショートプログラムから20数時間の間に、どのようなきっかけで立ち直って、世界中が感動したフリーの演技に繋げることが出来たのか。各種報道はあるんですけども、立ち直るきっかけについて改めてお聞かせください。」

「ショートが終わってからは本当にあぁ・・・日本に帰れないと思って、すごく辛い思いもしたんですけど、フリーの当日の朝もまだ気持ちが切り替わっていなくて、あぁこのままで大丈夫なのかなという形で公式練習を終えました。でも試合が近づくにつれて、メイクをしてアップをして、リンクのドアを出た瞬間にすごい会場でやるしかないなっていう思いが出てきて、ようやくその時にやるしかないって思いました。」

「競技が終わった瞬間はどうでしたか。満面の笑みだったんですけども、どういう気持ちだったんですか。」

「最後のポーズ上を向いてたんですけども、あぁ終わった!って思いましたね。それと同時に良かったって思いはすごくこみ上げてきてちょっと涙してしまったんですけど、バンクーバーの時にも悔し涙を流してたので、あぁ泣いてちゃだめだなって思って頑張って笑顔にしました。」

「ありがとうございました。」

「はい。」

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新書館

「新書館のワールドフィギュアスケートの鈴木です。お疲れさまでした。」

「ありがとうございます。」

「今日はある意味浅田選手の競技選手としての卒業式かと思うんですけれども、同時に新しい道に進む入社式と言いますかセレモニーだと思うのですが、あえてこう今の時期は新入社員の方も多いと思うんですけど、そういう一人として浅田選手がこれから不安に思ってることとか心配なこととか、何か違う世界に進むということで考えている事がありましたら教えてください。」

「私もまた新たな一歩だと思っています。でも不安とかは何もなくて、ただただ前にある道を進んでいくだけだと思っているので、これからも新たな経験をして元気に前を向いて進んでいきたいなという風に思っています。」

「あともう一つ、プルシェンコ選手も先日競技引退を発表しましたけれども、長く同じ競技の世界で戦ってきた仲間として何か思う事はありますか。」

「プルシェンコ選手も引退されたという事で、本当に私より長い選手生活、そして本当に沢山の記録を残してきて、本当に沢山の人魅了してきた選手だと思います。なので心からお疲れさまでしたと言いたいです。」

「ありがとうございました。」

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フジテレビ

司会者「はい。よろしいでしょうか。」

「フジテレビ内田嶺衣奈です。本当にお疲れさまでした。」

「ありがとうございます。」

「ありがとうございました。浅田真央さんの前を向く姿、いつも戦い続ける姿というのが本当に印象的だったんですが、前を向く中で大事にしてきたこと、信念というのはどんなことですか。」

「本当にちっちゃいころからこれは変わらないんですけど、1日1日もそうですけど、何かこれがしたいっていう目標を持ってずっとやってきました。なので、その目標を達成するっていう強い気持ちを持ってずっとやってきたつもりです。」

「今、すごく忙しかった選手生活を終えて時間が少しできたとは思うんですが、一番やりたいこと、どんなことですか。」

「はい、私、1月2月3月と時間があったので、旅行に行ったり、おいしいものを食べたりすることができました。」

「ありがとうございます。」

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新聞の赤旗

司会者「はい。よろしいでしょうか。」

「新聞の赤旗の勝俣といいます。お疲れさまです。」

「ありがとうございます。」

「先ほど競い合うこと、その大切さ、若手におっしゃってました。ご自身もキム・ヨナ選手とも競い合ってきました。その彼女への思いっていうのは、あらためて今の時点でいかがでしょうか。」

「はい。私たちは15歳、16歳ぐらいから一緒にジュニアの試合であったり、シニアの試合だったり、一緒に試合に出てきました。本当にお互いにいい刺激を与えながら、もらいながら、ずっとスケート界を盛り上げてきたんじゃないかなというふうには思っています。」

「ありがとうございます。」

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NHK

司会者「はい。よろしいでしょうか。」

「NHKの市橋と申します。浅田さんお疲れさまでした。」

「ありがとうございました。」

「まず最後の全日本選手権、滑ったときに、もういいんじゃないかなと思ったとおっしゃっていましたけれども、あの全日本に向けてはどんな気持ちで臨んで、そして滑り終わって、何がもういいんじゃないかなと思えたんでしょうか。」

「試合に向かう気持ちというのは、1つ1つの試合変わらないんですけど、常にノーミス、さっきも自分で言ったんですけど、ノーミスをする、完璧な演技をする、そして自信を持って滑るっていうのを考えていました。で、演技が終わったときに、やはり完璧ではなかったですし、自分の現役生活の最高の演技ではなかったので、少したぶん悔しい気持ちもあったんじゃないかなというふうには思うんですけども、そのあとキス・アンド・クライに座って、得点が出て、順位が出たときに、あ、うん、もういいのかもしれないっていうふうに思いました。」

「もういいのかもしれないというのは、どういうことですか。」

「やはり全日本選手権を今まで12歳から出場しているんですけど、一番、残念な結果で終わってしまって、その結果も1つ大きな、この決断に至るに当たって大きな出来事だったんじゃないかなというふうには思っています。」

「あともう1つ。もしも一度だけ過去に戻れるとしたら、いつの自分にどんな言葉を掛けてあげたい、アドバイスができるとしたら、いつに戻ってどういうことを言ってあげたいですか。」

「いやぁ、26年間ですもんね。ああ、難しい・・・いや、でも本当に戻ることはないと思うので、あんまり今、ぱって答えは出てこないですね。」

「ありがとうございます。」

「はい。」

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テレビ東京

「テレビ東京の鷲見と申します。21年間、本当にお疲れさまでした。」

「ありがとうございました。」

「平昌までやりたいというふうにおっしゃっていたことが引退を悩ませていたという話をされていましたけれども、今、オリンピックについて、どういうふうに思われますか。」

「はい。もう本当に、あと1年でソチの、ソチじゃない。あと1年で平昌オリンピックということで、たぶん選手の方々は、みんなそれぞれいろんな思いを持って今、日々、生活してると思います。なので、私はエールを送りたいです。」

「これまでオリンピックの舞台も経験されていますが、真央さんにとってオリンピックの舞台というのは、どういう場所だったでしょうか。」

「やはり4年に一度ですし、選手である以上は、それを目指して私もちっちゃいころからやってきたので、そこに出れた。そしてメダルを取れたということは本当に良かったなと思いますし、オリンピックは本当に素晴らしい舞台だなというふうに思います。」

「最後に1つだけ。もし生まれ変わるとしたら、もう一度フィギュアスケーターになりたいですか。それともまた別のものになりたいですか。」

「今、こうして26歳までスケートをやって、全てやりきって、もう何も悔いはないので、もしもう一度人生があるなら、スケートの道は行かないと思います。」

「例えば何になりたいなっていうのはありますか。」

「いや、本当にいろいろありますね、やっぱり。なんだろう。」

「思い浮かぶものは、なんでしょう。」

「なんだろう。私、でも食べることが大好きなので、ケーキ屋さんとかカフェとか、そういうレストランだったり、そういうのをやっていたのかなというふうにも思ったりもします。」

「ありがとうございます。」

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文化放送

司会者「ありがとうございます。まだまだちょっと尽きませんが、あと2つにさせていただきたいと思います。」

「文化放送の斉藤と申します。どうもお疲れさまでした。」

「ありがとうございました。」

「真央さんは、自分が言ったことは必ずやり遂げるというポリシーがあるとおっしゃっていました。このポリシーは、どなたから授かった教えなのでしょうか。教えてください。」

「やはり母かなというふうに思います。あとはこういう性格なので、すごく、頑固っていうんですかね。普段はそんなことないんですけど、自分が決めたことに関しては、一応、頑固なつもりです。」

「その自分の言ったことを必ずやり遂げるというポリシーを貫いた最初の体験。いつだったか覚えてらっしゃいますか。」

「しっかり覚えてるのは小さいころに毎年野辺山合宿という新人発掘合宿が長野県であるんですけど、そこで絶対トリプルアクセルを跳ぶって決めて、合宿に行って、初めて下りたのが一番、記憶にあります。」

「そこが現在の浅田真央という素晴らしいアスリートの原点と考えてよろしいのでしょうか。」

「そう、え、自分で言うのもちょっとあれですけど、そのときに目標を達成すると、こんなにうれしいんだなって、また頑張りたいなって思えたときでした。」

「分かりました。ありがとうございました。」

「はい。ありがとうございました。」

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フリーランス

司会者「じゃあ最後にしたいと思います。最後に本人を送り出せるような質問をしてもらえる方、いらっしゃいますか。」

「フリーランスの酒井優斗ともうします。」

「よろしくお願いします。」

「浅田真央さんにお聞きしたいんですけど、ご結婚のご予定はありますか。」

「いやぁ・・・ご結婚のご予定ですか。」

「はい。」

「ないです。」

「はい、わかりました。ありがとうございます。」

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台湾中央通訊社

司会者「はい、よろしいですか。じゃあ最後にもう一ついきます。送り出してもらえると。はい、どうぞ。」

「でも、お相手がいれば、その方と一緒に帰れたんですけどね。」

「台湾の中央通訊社の記者です。お相手がいれば、例えば愛ちゃん。」

「あぁー!」

「愛ちゃんみたいに台湾の人と結婚なさったりとか、そういうこと可能でしょうか。あと、ずっと寒いリンクにいらっしゃったので、暖かいところ、例えば台湾でのんびりしたりとかそういうことはあるんでしょうか、はい。」

「そうですね、私、愛ちゃんとお友達なので、もし台湾の方でいい方がいればご紹介してもらいたいなというふうに思います。で、私、本当に1つ行ってみたい国が台湾なので、うん、愛ちゃんに案内してもらいます。」

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扶桑社

司会者「ありがとうございます。最後は台湾の話になっちゃいましたね。じゃあもう1ついきましょうか。誰か締めてください。いきます、自信のある方。質問に自信のある方。」

「扶桑社のフィギュアスケートLifeの長谷川です。お疲れさまでした。」

「ありがとうございます。」

「今後、THE ICEを含めて、プロスケーターとしても活躍されていくご予定だと思いますが、プロスケーターとしてどういうスケートを今後、見せていきたいと思いますか。」

「一番近くにあるのはTHE ICEなので、まだプログラムも作ってないんですけど、エキシビジョンナンバーを作ります。そのエキシビジョンナンバーで、今までのスケート人生全てをそのプログラムに注ぎ込めるように、そういうプログラムを作っていきたいと思います。」

司会者「よろしいですか。ありがとうございます。では、以上で本日の会見終了させて頂きたいと思います。最後に浅田真央の方から皆様にご挨拶をさせていただきたいと思います。」

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